平岩理緒さんが迫るトップパティシエの仕事 平岩理緒さんが迫るトップパティシエの仕事

Vol.35メゾンジブレー 江森宏之シェフ 手間をかけて一から手作りする理由とは?
付加価値を高め、育ててきた看板商品の強み

ロスを抑える商品作りと売り方とは

平岩
商品作りの考え方についてお伺いします。先程、ご紹介いただいた柑橘ピールもそうですが、従来だと捨てられてしまうような材料をアップサイクルして、新たな価値を生み出しているのがいいですね。
江森
ボトルに入れることで高級感も出せるので、ギフトとして選んでいただけるようになっています。
今、様々な材料価格が上がっていて、うちで使っているチョコレートなど、数年前の3倍以上の価格になっているものもあります。
決して安売りはしたくないんです。東京にひけを取らない価格で販売しても、それに見合うだけの付加価値のある品を提案しています。たとえば苺なども、他の店では見られないような珍しい品種も使っています。最近だと、神奈川県で生まれたオリジナル品種の「かなこまち」を使ったタルトなどを出しています。生産量も少なく仕入れコストは上がりますが、店のブランド力を上げるよう努めています。
平岩
フードロスを減らすという点では、他にどのようなことを実践されていますか?
江森
ジェラートをやっていると、“究極のフードロス対策になる”みたいなメリットもあるんです。たとえばチョコレートムースの切れ端なども、ジェラートに混ぜ込んで無駄なく使えます。
他にもフロランタンの切れ端にチョコレートをかけてバレンタインの手軽なギフト菓子にしたり、スポンジクラムをケーキの飾りとしてまぶしたりアップルパイの中に入れたり…といったこともしています。
平岩
商品の見せ方や売り方で工夫している点はありますか?
江森
柑橘コンフィの例で話したように、種類を揃えることで、地道に看板商品に育てていくということを意識しています。
自分は、百貨店や道の駅、空港などの売り場の作り方を見て、色々と勉強したり参考にしたりしているのですが、売れないからとそのお菓子を減らしていくだけではなく、重ねて高さを出して見せるとか、商品ポップの書き方や置き方一つでも、売れ方って変化するんです。雑貨なども置いてある書店の「ヴィレッジヴァンガード」の売り場なども、ヒントにしています。お客様にワクワク感を提供することが必要です。苺のお菓子を25種類揃えるとか、柑橘20-30種類を使ったお菓子を並べるといったことも、その試みの一つです。
平岩
ギフトのショーケースで、秋から冬にかけて主役となる焼き菓子の「ティグレ」も、他店では見たことがないほど種類が多いですね。
江森
あれは、マカロンに換わる贈答品として考えたものです。生地でも、中に流すガナッシュでもバリエーションを増やせて、常温で日持ちもするので、ギフトとして重宝します。
ティグレのレシピは、既に50種類くらいありますよ。最近では、自分が掲載していただいた雑誌を見たスペインのパティシエ達も、真似してくれるようになりました。最初に「ティグレ」を教えてくれたのは、「ヴァローナ」のデモンストレーターでいらしたフレデリック・ボウ氏なんですが、最近、ご本人からSNSにうちのティグレについてお褒めのメッセージをいただき、とても嬉しかったです!
平岩
焼き菓子類や生地に使う小麦粉は、どのような基準で選んでいるのでしょうか?
江森
薄力粉は「スーパーバイオレット」を使っていますが、ガレット・デ・ロワやクッキーには「エクリチュール」を使っていて、バターケーキ類に地元の湘南産の小麦粉を使うこともあります。
シュトーレンには「リスドオル オーブ」を使っています。通常の「リスドオル」を使うよりも発酵が早く進み、生地の冷凍耐性もあります。
平岩
「リスドオル オーブ」は、私も知らなかったので日清製粉のホームページで調べましたが、粉末麦芽も入っていて、カリッとクリスピーなクラストと、モチモチ食感を追求した、機械耐性に優れたハードロール用粉だそうですね。工場のライン生産に向くとありましたが、個人店でもメリットが感じられたということですね。
「メゾンジブレー」では、アイスケーキの配送もやっていらっしゃるので、冷凍庫は自前でお持ちのスペースでは足りず、外部にも借りていらっしゃるのでしたよね?
江森
元々、冷凍チャンバーは8坪、冷蔵チャンバーが4坪ありますが、この近隣には貸し倉庫が多く、出し入れしにいくのもそれほど負担ではないため、冷凍庫は、70L入りコンテナ100個分の容量を外部で借りています。
平岩
それは、想像以上の容量です。
江森
フルーツは季節物なので、たとえば様々な種類の「フルフルジブレー」をお中元用に販売するためには、旬の時期に収穫した果物を用途別に一次加工して、冷凍保管しておかなければならないんです。
平岩
なるほど。原材料を冷凍しておく必要もあるのですね。
商品作りや売り方、製造オペレーションなど、様々な工夫を伺ってきましたが、最後に、お店や江森シェフご自身にとっての今後の目標、実現したいことをお聞かせください。

これから目指したいこと

江森
うちの店は、これ以上、店舗を増やそうという気はありません。
一方で、独立していくスタッフには、「この店で修業すると成功する」という自信をもって、自店を開業してほしいと思います。そのためにも、うちでは、どのエリアに行ってもお客様に受け入れられるお菓子と、やり方とを伝えているので。
平岩
外部から依頼を受けて取り組んでいらっしゃる、スイーツを通じて地域を支援するお仕事についてはいかがですか?
江森
地域と連携する仕事については、打ち上げ花火のようにその場限りで終わらせずに、地域を代表する土産菓子として、長く定着してほしいと思います。こういう事業は、補助金などで賄われることが多く、複数の中間業者が関わっていることもあるのですが、本当の意味で地域が潤うような、長期的な還元に繋げていきたいです。
平岩
地域産品を使ったスイーツの開発や監修も、提供する場が現地の道の駅なのか、東京都内のアンテナショップなのか、あるいは「メゾンジブレー」でのイベントなのか、それぞれの場合で、見せ方や売り方は変わりますね。
これからの時代の菓子職人は、大手の菓子メーカーとの差別化をはかる意味でも、地域との繋がりがよりいっそう大切になると感じています。江森シェフのご活躍は、次世代の若手パティシエ達からも注目されていると思います。
今日は、色々とお聞かせいただき、どうもありがとうございました。
今後とも、お店がゆっくり進化していくのと共に、江森シェフの新たな挑戦を楽しみにしております!

江森宏之シェフ プロフィール

1974年、栃木県生まれ。
神奈川県横浜市の「ベルグの4月」などを経て渡仏し、「パティスリー フレッソン」でM.O.F.パティシエのフランク・フレッソン氏に師事。帰国後「ベルグの4月」でシェフパティシエ、東京・表参道の「グラッシェル」でシェフパティシエ・グラシエを務め、2017年7月に「メゾンジブレー」を独立開業。2019年11月、田園都市線・南町田駅直結の商業施設「グランベリーパーク」内に支店を開業。イタリア・ミラノで開催された世界大会「The World Trophy of Pastry Ice Cream and Chocolate FIPGC 2015」に日本チームキャプテンとして出場し優勝している。

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2025年04月)のものです。最新の店舗情報は、別途店舗のHP等でご確認ください。