菓子職人の方々へのインタビュー連載。今回は、神奈川県大和市「メゾンジブレー」江森宏之シェフをお訪ねしました。
パティシエとしての経験に加え、ジェラートとアイスケーキという得意分野を生かし、2017年に独立開業。遠方からのファンや海外の同業者も訪れる人気店となり、地域の特産品を使ったスイーツ開発の依頼も絶えません。
今の時代に、生産者から届く生の素材をあえて自店で加工する理由とは? 看板商品を育てる秘訣とは?
これまでの取り組みと、今後の目標をお話しいただきました。
- 平岩
- 江森シェフ、こんにちは。実は「お久しぶり」ではなく、数日前に、年2回開催されている新作発表会のために伺ったばかりです。2025年の春夏の注目アイテムをご紹介いただきました。少し前に、熊本県の津奈木町産の「デコポン」を使った新商品の土産菓子を開発されていましたが、そんな「デコポン」を使った新作アイスケーキも発表されましたね。
- 江森
- こんにちは。はい、今年は「デコポン」推しです。 2025年7月で8周年を迎えますが、毎年、8月に行う周年祭でご購入特典としてプレゼントしているロゴ入り保冷バッグも、「デコポン」柄にする予定です。
- 平岩
- 定番バッグはグレーですが、毎年の周年祭には、色と柄をテーマのフルーツにした限定バッグを数量限定でデビューさせていますね。これまでも、苺柄の赤いバッグや、ぶどう柄のグリーンのバッグなどが登場し、可愛らしかったです。昨年の7周年はいちじく柄で紺色のバッグでした。表参道の「グラッシェル」時代からファンで、「メゾンジブレー」にも足を運ばれている方も多く、これまでのバッグを全種類持っているという友人達もいます。
中央林間という場所に根差しつつ、魅力的な商品や企画を発信し続けて、国内外の菓子専門雑誌でも取り上げられていらっしゃいますね。


- 江森
- 自分は、これまで働いてきた店がそういう環境だったということもあり、中央林間という場所で、古きよき郊外のお菓子屋さんというのをやりたいと思っていました。駐車場のスペースも広く取れますし。
ちょうど、アイスケーキやジェラートを通販で売るという手法が確立してきた時期で、その波に乗れたということもありましたね。
- 平岩
- 江森シェフの師匠でいらっしゃる「ベルグの4月」の創業者、山本次夫シェフ(現「リストワール・ヤマモト」オーナーシェフ)は、まさにアイスケーキの通販のパイオニアでいらっしゃいましたね。江森シェフが「グラッシェル」でそれをさらに進化させ、大きなブームのきっかけを作られたと思います。
- 江森
- 中央林間で店をやることについて、最初は周囲からも、「この場所だと、メディアの取材などもなかなか来ないのでは?」と言われたりしたのですが、蓋を開けてみると、そんなことはなかったです。
- 平岩
- それは、Instagram、FacebookなどのSNSをうまく活用していることも大きいと思います。「メゾンジブレー」のお店としての発信はもちろん、江森シェフ個人が日本各地に出張し、様々な地方の視察やお仕事をされている様子も、積極的に発信されていますよね。
- 江森
- ありがたいことに、自分の地元である栃木県だけでなく、宮崎県や、最近だと北海道の中標津町、熊本県など、様々な地域から声をかけていただいています。それを発信することで、常にアクティブであることを伝えられ、スペインの製菓や氷菓の専門雑誌など、海外からも取材のご依頼をいただきます。

- 平岩
- 中標津町の件は、2024年度に私からご相談した案件でした。羅臼昆布や縞エビを使ったジェラート、昆布の旨味を活かしたコーヒーゼリー、焼き菓子などを開発してくださって、現地の菓子店や生産者の方のご協力をいただき、お店でも販売フェアを開催してくださいましたね。
そして、その斬新なジェラートなどをスペインの雑誌にも載せていただきました。中標津の方々も喜んでいらっしゃいましたね。
- 江森
- 以前、トップクラスのインスタグラマーの方から伺ったお話なんですが。フォロワーを増やすにはどうしたらいいかと聞かれるけれど、コアなファンが3000人くらいいればお店のインスタとしては充分で、フォロワー数自体はそれほど必要ではない、というんですね。うちは充分にそれを実現できているかなと思います。
- 平岩
- 「メゾンジブレー」は、たとえばクリスマスや母の日といった行事向けに、アイスケーキなどの通販の売上も通年でしっかりと確保していると感じますが、通販と店舗の売上の比率はどのくらいですか?
- 江森
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通販のアイスケーキは、自社ホームページのオンラインショップからと、百貨店などのオンライン販売を通じた注文で、イベント時期など、多い時には週6000-8000台ほど発送することもあります。
店の売上全体で見ると、通販が4に対して、本店と、南町田の「グランベリーパーク」店の2店舗での売上が6くらいです。
ですが、夏やXmasは通販比率が上がります。店舗でも、誕生日ケーキ用などで、アイスケーキの注文が週20-30台くらいはありますが、イベント時は圧倒的に配送分が増えます。
- 平岩
- 通販商品は、受注生産でロスが無く、計画的な生産もできるので、原価率を抑えることや労働の効率化に繋げられますね。
- 江森
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最近、「フルフルジブレー」という瓶詰めゼリーのシリーズに力を入れているのですが、常温で持ち歩きや保管ができることもあってギフトにも重宝され、これがどんどん人気になっているんです。
夏場の通販は、以前であればアイスケーキが主流でしたが、この品もギフトとして人気が高まっています。店舗でもよく売れます。

- 平岩
- 「メゾンジブレー」は、入り口の正面が生菓子のショーケースですが、左手にギフト菓子のショーケースがあり、4月頃から夏場は「フルフルジブレー」が主役ですね。様々なフルーツをはじめ、コーヒーゼリーも豆の産地別などのバリエーションを増やし、“旅するコーヒーゼリー”というコンセプトのアソートギフトが出来るほどになっています。
最近は、ゼリーやコンフィチュールを外注に出す店も増えてきています。自店で作って瓶やスタンドパックに詰めるのは、そこまで技術を要する仕事ではないけれども、手間はかかる。でもギフト商材としては欲しいということのようです。
働き方改革や人手不足の悩みの中で、職人として妥協せずに手をかけたい部分と、手放す部分とを取捨選択しているということだと思いますが、「メゾンジブレー」ではなぜ、ゼリーやコンフィチュールも自家製にこだわるのですか?

- 江森
- うちの店では、産地や生産者の顔が見えるフルーツや素材を使うことがコンセプトなので、それらも自店で手作りするのが、ブレないスタイルなんです。
最近は、柑橘類の皮を細切りにしてコンフィにし、砂糖をまぶしたお菓子をボトルに詰めた品がとても好評で、柑橘の品種別にどんどん種類が増えています。ギフトセットの中に入れていただいたり、1瓶でも気軽なプレゼントに使っていただいたり、よく売れています。
- 平岩
- ボトル入りのコンフィは、ブラッドオレンジの赤や、ネーブルのだいだい色、湘南ゴールドの黄色、ライムの緑など、華やかな色彩がグラデーションのように並んで、インパクトがありますね。食べ比べしてみたいと、何種類か買いたくなってしまいます。
「フルフルジブレー」もそうですが、1-2種類でなく、何種類も揃えてシリーズ化し、売場に並べて面で見せることで、選ぶ楽しさも感じられますし、“この店の看板商品”としてお客様にも浸透しているように思います。
最近は、コンビニなどにも“素材菓子”と呼ばれるドライフルーツの類いがかなり並んでいます。“ノンシュガー”とか、甘さ控えめであることを謳う、素朴なおやつ菓子も増えています。
ただ、江森シェフは、フルーツの味を引き出すための糖類や凝固剤の使い方にも、確固たるポリシーをお持ちですよね。

- 江森
- ジェラートをやっているので、糖類も、糖度と甘味度をコントロールできるよう、様々な種類を持っています。
砂糖がしっかり入っていないと、素材の香りが出てこないんです。
最近の日本は「低糖質」をよしとする傾向がありますが、なめらかさや香りを高めるために必要な糖度というものがあるんです。果糖はグラニュー糖よりも甘味を強く感じ、逆にブドウ糖は甘味度が低い。「トレハ®」(トレハロース)や水飴などでも、糖度を上げつつ甘味度を下げることが出来ます。
- 平岩
- 糖分はお菓子に対して、単に甘さだけでなく、保水力や保存力、焼き色の向上など、様々な影響を与えますね。むやみに糖を使う量を減らせばいいということではないですね。
近年、健康志向によって砂糖は悪者にされがちですが、菓子職人というのは、砂糖をしっかりと使って素材のポテンシャルを最大限に引き出し、それでいて甘すぎるとは感じさせない技術を持ったプロの方々だと思います。
スタッフの働き方への配慮と求めること
- 平岩
- お店は今、何人くらいスタッフの方がいらっしゃいますか?
- 江森
- 製造はパート・アルバイトの方も含めて25-30人くらいいます。販売は20人弱くらいで、うちは基本的に社員として採用します。いい商品を作ることと同じく、見せ方やサービスを大事にしたいと思っています。
シフトで休みというスタッフが、プライベートで店のお菓子を買いに来てくれることもあり、それってすごく嬉しいですよね。
- 平岩
- 2店舗あるとはいえ、かなりの人数ですね。中でセクションに分かれているのですか?
- 江森
- 生菓子、焼き菓子、パイやサバランなどの生地の仕込み、ジェラートといったカテゴリーで分けていて、その人の仕事ぶりによって担当を決めたり、変更したりしています。ゼリーやコンフィ作りは、担当がある訳ではなく、大量の果物が届いたら、全員で一斉に取りかかります。
- 平岩
- 最近の菓子業界では、スタッフがすぐに辞めてしまうという悩みの声が以前より多いと感じますが、「メゾンジブレー」ではいかがですか?


- 江森
- 今はうちの店は離職率が低いですが、開業当初は、10人くらいでスタートしたものの、深夜残業になってしまうことも少なくありませんでした。3年目くらいから体制を整えて、前職で大きな企業で働いた経験を活かし、社労士や税理士の方に入っていただいて、色々とアドバイスをいただき、変革に取り組んできました。こういう方達への支払いも、年間200万円といった規模で費用がかかるんです。プロにお願いして職場のしくみを作るのにも、何十万円といった金額がかかりますが、今の時代、それは必要なことだと思います。育休制度の導入もしていて、1年間育休を取得した男性の社員もいましたよ。
- 平岩
- それは先進的ですね!
- 江森
- 洗い物についても洗い場担当の方、包装もその専門の方を別に雇用し、それは時給2500円~3000円でお願いしています。昔は、こういった仕事も修業の一つとして若手のスタッフがやっていたのですが、今はこれも必要経費ですね。
更衣室が無いとか、トイレが男女共用で1個しかないとか、そういったことも、離職率に影響するんですよ。だからうちの店は、空気清浄機を入れたり、女性がお化粧出来るスペースを設けたりと、日本一トイレに気を使っている店だという自負があります!(笑)
- 平岩
- 細かいところにまで気を配ることが、離職率を下げることにも繋がるのですね。

- 江森
- おかげさまで、今のところ、求人に費用をかけなくても人が来てくれるという状況です。
それに、他の人がやっていないことをやろう、という方針で店をやっていますので、フルーツも産直で、それも1t単位で届き、一から加工する。コンフィとかって、フランス菓子の伝統的な製法で作るお菓子ですよね。そういう経験が出来るので、この店で働きたいと思ってもらえているようですね。
- 平岩
- 江森シェフの方では、スタッフの方に、どのようなことを求めていますか?
そういえば、本店は月曜と火曜が定休日ですが、グランベリーパーク店は施設自体の休業以外は無休が基本でしょうから、厨房は稼働しているのですよね? シフト制で休んでいるのですか?
- 江森
- はい、シフト制で週休2日になるようにしています。
スタッフの中に、生産計画を立てられる人、10人くらいを束ねられるセクションリーダーが必要です。それによって、生産効率を上げられるので、残業せずに余裕をもって週休2日を取ることが出来ます。

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2025年04月)のものです。最新の店舗情報は、別途店舗のHP等でご確認ください。