コロナ禍を経て、再び増え始めた訪日外国人旅行客。今年上半期では約1,777万人と過去最多を記録しています。そんな中、ムスリムやヴィーガンといった宗教や信条的な理由で、食べられるものに制限がある人々をターゲットにした飲食店も増えています。豚やアルコールなど、イスラム教で禁じられている食材を使わないハラールラーメンや、肉・魚介を一切使用しないヴィーガン対応ラーメンなどを提供するラーメン店に、メニュー開発の苦労や工夫を尋ねました。
麺屋帆のる
JR・東京メトロ恵比寿駅近くにある「麺屋帆のる」は外国人旅行客やイスラム教徒(ムスリム)で賑わうハラールラーメン店です。ブルネイの皇太子やインドネシアのフォロワー5000万人超えインフルエンサーなど、海外の王族や著名人も足を運ぶ人気店で、恵比寿以外にも浅草、大阪、京都、名古屋に出店しています。
麺屋帆のる 恵比寿店
- 住所
- 東京都渋谷区恵比寿南1-23-1 亜米利加橋ビル1F
- 電話
- 03-5734-1667
- 営業時間
- 11:30~21:00(ラストオーダー)
- 定休日
- なし
外国人旅行客やムスリムが集うハラールラーメン店
「麺屋帆のる 恵比寿店」は、ムスリムの人でも安心して食べられる「ハラールラーメン」を提供するお店です。「ハラール(ハラル)」とは、イスラム教で「許されたもの」を意味する言葉。食べ物では神に許された食べ物(ハラールフード)以外は食べてはならず、代表的なものでは豚肉やアルコールが許されていません。
「2015年頃からの訪日客増加に伴ってムスリムの旅行客も増えましたが、知り合いのムスリムから、“日本で食べられるものがあまりない。ムスリムも日本の国民食であるラーメンを食べたい”という悲痛な想いを聞いてハラールのラーメン屋を立ち上げることにしました」
お店立ち上げの経緯を語ってくれたのはオーナーの島居里至さん。店名「帆のる」はハワイのホノルルが由来だと言います。
「目指すのは、世界中から人が集まりビジネス競争も激しいホノルルに出店し、維持できるようなブランドを作ること。世界の人々に日本のラーメンを食べてもらいたいと考えています」
ホノルル出店こそまだですが、「世界の人々に日本のラーメンを」という狙い通り、客層は外国人観光客やムスリムが8割にも達します。そこで、ムスリムの方々も安心してラーメンを食べてもらえるように「ハラール認証」を取得。ただ、ハラールの食材で日本のラーメンを作り上げるのは非常に難しいと島居さんは言います。
「日本で流通している食材は、アルコールや豚由来の調味料が入っているものが非常に多いですが、ハラールではそれらが排除された商品を使わなくてはなりません。いつもと味が違う醤油や味醂風調味料などを20〜30種類も使ってラーメンを作るため、その感覚を掴むのがとにかく大変でした。『帆のる』以前に営業していたラーメン店で人気だった鶏白湯の味に近づけるように、ハラールの食材を1つずつ試していきました」
「麺屋帆のる」では、スープや具材に使う鶏肉はもちろんハラールチキンで、麺もハラール認証を取得している麺工場から仕入れています。メインのラーメンだけでなく、サイドメニューの餃子でもハラールチキンと野菜、ハラール認証を受けた皮を使用。その徹底した商品づくりによって、ムスリムのお客様がより安心してラーメンを楽しむことができるのです。
パンチのある「スパイシー唐揚げラーメン」&日本を味わう「和牛ラーメン」
「麺屋帆のる」の人気ナンバーワンは「スパイシー唐揚げラーメン」です。ハラールで豚が使えなくても動物性の旨みを引き出してパンチを効かせられるように、鶏の唐揚げをトッピングに使用。濃厚な鶏白湯スープは毎日お店でじっくり炊きあげたもので、エスニック的な辛さと鶏の強烈な旨みが融合した一杯です。
2番目に人気の商品は「和牛ラーメン」。A5ランクの和牛が豪快にトッピングされていて、和牛に合うようにすき焼きの割下に近い甘めの醤油スープで提供しています。島居さんは「和牛ラーメン」が人気の理由を次のように分析しています。
「“お客様が何を求めているか”“日本の美味しいものを食べて欲しい”という2つを両方大事にしています。海外客が日本で一番食べたいものがラーメンで、2番目が和牛と言われていて、和牛ラーメンはそれらを一度に味わえるセット感で人気なのだと思います」
島居さんのこだわりは提供するラーメンだけなく、接客や店舗設計にも及びます。
「お店には日本人スタッフと外国人スタッフが必ずいるようにシフトを組んでいます。日本人スタッフが日本語で話しかけることで海外のお客様に“日本に来た”と感じてもらい、複雑な質問が来た際には外国人スタッフが対応することが目的です。また、ムスリムにとって不可欠なのがお祈りスペース。帆のるでは座席数が少なくなったとしても、各店舗にお祈りスペースを設けています。食事はせず、お祈りだけしたいという場合でもご利用いただいています」
ムスリムや外国人旅行客に日本のラーメンを楽しんでもらいたい、という想いを抱く島居さんの展望はまだまだ大きく広がっています。
「当店はインドネシア・マレーシア・シンガポールから来たお客様が特に多いです。以前インドネシアに出店したことがありますが、コロナ禍で撤退せざるをえませんでした。またいつか、ホノルル以外にもそれら3つの国に出店したいです」
Pranpone plus(プランポーネ プラス)
JR・都営線巣鴨駅近くにある「Pranpone plus(プランポーネ プラス)」では、ムスリムの方も楽しめるハラールラーメンを提供しています。濃厚な鶏白湯スープや、エスニックな辛さのスパイスには定評があり、ムスリムだけでなく日本人にも人気のお店です。
Pranpone plus(プランポーネ プラス)
- 住所
- 東京都文京区本駒込6丁目4-4
- 電話
- 03-6696-5537
- 営業時間
- 11:00~15:00(L.O.14:30) /17:00~21:30(L.O.21:00)
- 定休日
- 不定休
“日本の味覚”を信奉するバングラデシュのシェフが作るハラールラーメン
「Pranpone plus」では、豚やアルコールを使った料理が食べられないムスリムの人でも楽しめる“ハラールラーメン”を提供しています。
「元々はハラールイタリアンを営んでいましたが、訪日が非常に多いムスリムの人たちに、世界的にも有名な日本食を楽しんでもらいたかった。日本といえばやはりラーメン文化がものすごく発展しているので、3年ほど日本のハラールラーメン店で修行して、ラーメン店を開きました」
お店を立ち上げたきっかけを語ってくれたのは、バングラデシュ出身で店主のムジャヘッドさんです。ムジャヘッドさんは日本のイタリアンで30年以上働いた後に独立し、東京・江古田で「Pranpone(バングラデシュ語で“一生懸命・心を込めて”の意味)」というイタリアンを経営。現在のラーメン店は、以前の店に“プラスアルファ”の意味を込めて「Pranpone plus」となりました。
「イタリアンの経験は非常に生きています。イタリアンは食材を捨てる部分が少なく、健康にも良いです。こう言った部分は和食とも通じる部分があると思っています」
長年日本に住んでいるムジャヘッドさんは日本人の味覚に絶大な信頼を置いていると言います。
「30年以上日本に住んでいる私のベースになっているのは、非常に味覚が優れている日本人が美味しく感じるものです。私は日本人が“おいしい”と言ってくれるものを作ることを第一にしています。そんな日本人が生み出した旨味はラーメンのスープを作る上で非常に重要です。ただ、ハラールなので、豚由来の成分が入った調味料やアルコールなどが使えない中で、どうやってハラール食材で旨みを引き出すかが大変でした」
「Pranpone plus」ではハラール食材のみを使用。お店のスープに合う太さや歯応えにこだわった麺も、ハラール認証を取得した製麺所に発注しています。
“日本の旨み”と“ムスリム向けスパイス”が融合した「旨辛唐揚げラーメン」
「Pranpone plus」の人気ナンバーワンは「旨辛唐揚げラーメン」です。この「旨辛唐揚げラーメン」は、鶏白湯スープに東南アジア系の独特な辛さが加えられ、そこに大きな唐揚げをトッピング。日本の味とエスニックな香りが融合したスープに細めの麺がよく馴染みます。
「当店のスープは日本で一般的な濃厚な鶏白湯です。辛いメニューには、そこにスパイスを加えています。客層の80%であるムスリムは、インドネシアやマレーシア、シンガポールの人が多く、彼らが好むスパイスを調合しています。日本の唐揚げは世界で普及しているフライドチキンとは違って油っぽすぎず、中がサクサクで外はジューシーなのでムスリムにも人気なんです」
このお店では「ミートソースまぜそば」という、日本のラーメン店では珍しいメニューも提供しています。ごま油の香ばしい香りが加わった麺と、濃厚なミートソース、シャキシャキとした野菜のバランスが絶妙な一品です。このメニューの原点は、以前ムジャヘッドさんが江古田でやっていたイタリアン「Pranpone」にあります。
「江古田のイタリアン時代にミートソースを販売していました。『Pranpone』のミートソースが好きと言ってくれるお客さんが多く、奥さんのアドバイスもあって、ミートソースを使ったまぜそばを考案しました」
ムジャヘッドさんは、接客において「ラーメンレストランのようなお店」を目指しています。
「日本人はラーメンを手軽に食べに行く感覚が強いと思いますが、ムスリムにとってハラールラーメン店は数が限られていることもあり、『しっかりと食事をするレストラン』という認識の人が多いです。そのため、当店の接客は、元気一杯というよりはゆったりとしています。お客様が何を食べたいのか聞き出してメニューをおすすめしたり、食べた後におすすめが合っていたかどうかを聞いたりと、コミュニケーションを大事にしています」
ハラールフードのコンサルティングもしているムジャヘッドさんは、日本のハラール業界の更なる未来を見据えています。
「食材が限られているため、おいしさを求めるのが難しいこともあり、日本にはハラールのお店がまだまだ少ないのが現状です。今の店を充実させることはもちろん、いずれはラーメン以外の店もどんどん増やしていきたいです」
つけ麺 zuppa(ズッパ)
JR・都営地下鉄水道橋駅近くにある「つけ麺 zuppa(ズッパ)」は、肉不使用で野菜オンリーの「ヴィーガン対応」のラーメンを提供するお店です。女性客人気だけでなく、Googleの口コミなどからお店の名前が広まり、ヨーロッパや台湾、インドなど、様々な国からきた外国人旅行客に人気を博しています。
つけ麺 zuppa(ズッパ)
- 住所
- 東京都千代田区神田三崎町2-17-8 ドメス水道橋ビル1F
- 電話
- 03-4400-5710
- 営業時間
- 11:00〜23:00
- 定休日
- 不定休
元イタリアン料理人が作る旨みたっぷり野菜オンリーの濃厚スープ
大学や専門学校の集まる学生街でもある水道橋に店を構える「つけ麺 zuppa」は、スープに肉と魚介は一切使っておらず、野菜のみで作り上げられたラーメンを提供するお店です。この「野菜特化ラーメン」をさらに発展させ、卵や乳製品を食べないヴィーガンの方向けに、卵不使用の全粒粉麺を提供する「ヴィーガン対応」も行っています。
「肉も魚介も使わないラーメン屋を立ち上げようと思ったきっかけは差別化です。神田・水道橋エリアはラーメン激戦区ですが、野菜だけでスープを作るお店は非常に少ないので、そこを強みにして勝負しようと考えました」
お店を立ち上げた経緯を語ってくれたのは店主の東出岳さん。イタリア料理店出身で、店名の「zuppa(イタリア語で「スープ」の意)」はその経歴が由来です。
「野菜オンリーで作ったスープは飲み干しても体に優しく、ラーメンを食べる際に抱きがちな罪悪感もないはず。そういった強みから“zuppa”という単語を店名にしました。ただ、野菜はスープ素材としては主張性が弱いので、それだけでスープを作るのは非常に難しい。塩分調節が大変で、ほんの少し多いだけでしょっぱくなってしまうし、足りないと味がものすごく薄くなってしまう。その匙加減は試行錯誤しました」
絶妙なバランス感覚でスープの塩分調整を行い、とろみを出すために10種類の野菜を使用。スープに使う野菜の内容は企業秘密ですが、味のブレを生まないために、季節を問わず入手可能な野菜を仕入れ、毎日お店でじっくり煮込むことで作り上げています。
“接客効果”で人気ナンバーワンに。外国人客に大好評の豆乳担々麺
「つけ麺 zuppa」の客層は外国人旅行客が6割を占め、特にヨーロッパ・台湾・インドの方が多いと言います。そんなzuppaの人気ナンバーワンは「豆乳担々麺」です。豆乳担々麺が人気な理由は自身の接客の影響が大きいと東出さんは言います。
「海外のお客様が来店した際には、券売機の前で私が直接声をかけることが多いです。その際はまず『豆乳担々麺』をオススメしています。理由は、一般的なラーメン店で出している肉入りの担担麺となんら遜色がないからです。昨今の技術進歩のおかげで、大豆ミートは実際の肉と変わらない味わいと食感があり、お客様には肉が不使用でも担々麺の美味しさに納得していただけることが多いです」
2番目に人気の商品は「つけ麺」です。濃厚なスープに加え、極太の麺と一緒にケールなどの葉野菜サラダと野菜のフリット、特製のウフマヨ(茹で卵にマヨネーズベースのソースをかけたフランス料理)が丁寧に盛り付けられています。
「つけ麺 zuppa」ではこれらレギュラーメニューに加え、多彩な期間限定メニューも提供していますが、3番目に人気の商品「トマトとバジルのタコスまぜそば」はもともと期間限定メニューでしたが、あまりの人気から1年ほど前にレギュラーメニューになりました。
学生街の客層が満足できるよう、麺の量はつけ麺なら400gとボリューム満点。その一方で女性客も多いzuppaならではの工夫もありました。
「当店ではなるべくフードロスを削減するよう取り組んでいます。そのため、麺の量が多いつけ麺を女性のお客様が注文された場合はきちんと麺量をお伝えして食べ切れるかどうかを確認するなど、食べ残しが減るようにしています。おいしく食べられる量を気持ちよく召し上がっていただきたいですから」
野菜をベースにした体に優しい味と、環境への優しさを両立させる「つけ麺 zuppa」。今後はその味と取り組みをより多くの人に楽しんでもらいたいという大きな展望があります。
「日本の方以上に、多くの外国人観光客に好評をいただいています。特にヨーロッパからのお客様が多いので、いずれはヨーロッパで出店したいですね」
今回取材した3店では、ムスリム向けのハラール鶏白湯ラーメンや、ヴィーガン対応も行っている野菜オンリーのラーメンなどを提供していました。共通していたのは「日本が誇るラーメンを世界中の人に楽しんでもらいたい」という熱い想いです。今後も訪日観光客は増加が予想されます。様々な国と地域の人たちにラーメンという食文化に触れてもらうために、食の多様性に対応したメニュー開発を行うラーメン店が増えていくはずです。
※店舗情報及び商品価格は取材時点(2024年09月)のものです