菓子職人の方々へのインタビュー連載。今回は、2024年7月に東京都目黒区にオープンした「タイスケ エンドウ」の遠藤泰介シェフです。世界コンクール準優勝など若い頃から活躍し、都内ホテルを経て銀座のパティスリーのシェフパティシエに就任。多くのファンに支持されますが、渡仏のため退職。アルザス地方の名店などで経験を積み、2024年夏に独立開業。すぐに大人気店となり、街に根付きつつあります。
改めてフランスで働いたことの意味や、時代に合った働き方に対する思い、今後の目標などをお伺いしました。
- 平岩
- 遠藤シェフ、こんにちは。今日はお忙しいところありがとうございます。バレンタインとホワイトデーが終わっても、菓子店は5月の母の日までは繁忙期が続きますよね。
- 遠藤
- こんにちは。それでも、うちの店は通常、スタッフは8時出社、18時半には仕事を終えるようにしています。今の若いスタッフ達にとっては、それがスタンダードなんです。仕事を早く終わらせて早く帰りたいじゃないですか。クリスマス時期でも、21時半までには退社させていました。
フランスでは「ルレ・デセール」(※1981年にフランスで設立された、優秀な技術を持つパティシエ・ショコラティエの国際的な職人協会)の店で働きましたが、オーナーは一番早くに来て、スタッフ達を早く帰していました。
今は、そういうやり方でないと、人が集まらない時代となっています。
- 平岩
- かつての日本の社会には、「新人は一番早く来て、先輩より先に帰るな」といった無言の圧力のようなものもありましたね。
- 遠藤
- むしろ、これまで当たり前とされてきたことについて、一度立ち止まって考えてみることが大切だと思います。過去の苦労話や大変だった経験を語る方もいますが、その経験を共有しながら、より働きやすい環境づくりに生かしていくことが望ましいのではないでしょうか。



- 平岩
- この5年程の間に、「働き方改革」を目指して、社会環境が大きく変わってきていますね。
遠藤シェフは今年40代になられますが、“厳しい修業に耐えてきた”最後の世代と言えるかもしれません。
- 遠藤
- もちろん、食べ物を扱う仕事である以上、事故は絶対に起こしてはなりませんし、そういう意味での厳しさは必要です。お客様に安心安全な商品をお届けするためにも、プロとして責任を持たなくてはなりません。
でも、スタッフ達も、自分自身がプレーヤーでいる時、お菓子を作っている時が一番楽しいはずです。
- 平岩
- 昔は、新入りはまず洗い物や掃除からで、何年も経たないとお菓子を作る仕事をさせてもらえない、といったこともありましたよね。今の若い方々は、そこまで耐えきれず、「思っていた仕事と違う」と辞めてしまう傾向が強くなっていると伺います。

- 遠藤
- 店をオープンして2年弱ですが、うちの店はスタッフ達が組織としてしっかり動いてくれています。
一般的に、「1日5万円の損益分岐点」と言われる理論があって、菓子店では1日1人あたり5万円の売上を達成できれば赤字は回避できるという目安ですが、うちの店では今、1人30万円分くらいの売上を出せています。てきぱきとしていて、店舗の方が忙しくなったら製造スタッフが販売にも出ます。
スーシェフは仕事が綺麗ですし、今年1-2月に伊勢丹新宿店の「サロン・デュ・ショコラ」に出店した際も、彼らの働きぶりを見ていて気持ちがよかったです。
- 平岩
- 「サロン・デュ・ショコラ」は、初出店の2025年はもちろん、2026年も大変な行列で、私も時間が無くて、並ぶのを諦めたほどでした。
今、スタッフの方は何人いらっしゃいますか?
- 遠藤
- 自分の他に、製造が6人。そのうち5人は女性です。販売は2人で、マネージャーともう1人。全員が正社員です。


- 平岩
- 販売スタッフの方は、接客が丁寧でしっかりしていますし、笑顔も素敵です。
厨房の中はあまり見えませんが、オーブンが店舗側にあり、その周辺で型に生地を絞ったり焼き上げた品を売場に並べたりするお仕事ぶりはよく見えるので、手早く綺麗な仕事だなと思いながら拝見しています。
- 遠藤
- ありがとうございます。4月に給与改定をしたところですが、自分の役割の1つは、彼らの年収を上げることだと考えています。やっぱり、お金は大事なものですから。そして、彼らがいなかったら、自分のやりたいことも実現できません。

- 平岩
- 「修業時代は給料が安くても当然」といった考え方は、もう通用しませんね。
それにしても、オープン以来、お店も常にご盛況でお忙しい中、早い時期から催事にも出られていますね。
- 遠藤
- 今は、店舗を持って、それだけで事業をやっていく時代ではないと思っています。
4月には、銀座三越に2週間連続出店という前例のない挑戦をしました。あちらには、まだ店舗開業前から声をかけていただき、オープンに先駆けて催事をやらせてもらったという感謝の思いもありまして。1週目は焼き菓子をその場で実演販売もして、2週目は生菓子と、がらっと品揃えも変えて。もちろん、本店も休みなく営業しながらです。
5月末からの伊勢丹新宿店の催事「マ・パティスリー2026」にも出店します。その時は、自分もずっと会場内にいてイートインでデセールを作るため、本店は休業としました。
- 平岩
- 開業から2年経たずに、そこまでの体制を整えられるというのは、最初から計画的、合理的にやっていらっしゃるからこそだと思います。
また、この数年、コロナ禍と人件費削減を背景に喫茶営業をやめられたお店が多かったですが、イートイン営業もされ、季節のクープ・グラッセやフレンチトーストなどの店内限定メニューも展開しています。
商品アイテム数も多いですし、近年オープンしたパティスリーの中でも、かなり多角的に攻めていらっしゃいますね。
- 遠藤
- うちはパンも主力商品の1つで、平日でも100個弱、週末は200個くらい売っています。
また、フランスに行かなくてもフランスを感じてほしい、ゆったりと過ごしてほしいという思いから、フランスのカフェのようにイートイン営業もしています。
- 平岩
- お店の入り口のすぐ目の前がパンの棚、というのも特徴的です。一般的には、華やかな生菓子のショーケースがまず一番に目に入るよう、配置することが多いと思うのですが。
独立開業前にフランスにいらしたことは、遠藤シェフのその後の道筋に、大きな影響を与えたように感じます。


- 遠藤
- 自分は、調理学校を卒業後、まず個人オーナー店で働き、その後、ディズニーランドに近い舞浜の施設内にあった「ピエール・エルメ・パリ イクスピアリ」に行きましたが、そこで一緒に働いたマチュという元シェフに労働ビザを出してもらい、10年越しにまた一緒に働くことが出来ました。
- 平岩
- それは素敵なエピソードですね!

- 遠藤
- 店をやっていくうえで、現状維持というのはよくないと思っているんです。
実は今年の秋以降、2店舗目として、チョコレートの店をオープンすることも考えています。というのも、バレンタイン時期に、伊勢丹新宿店の「サロン・デュ・ショコラ」や、ジェイアール名古屋タカシマヤの「アムール・デュ・ショコラ」に出店しましたが、チョコレートの製造体制がまだ整っていないため、早々に売り切れてしまうアイテムも多く、売り逃してしまっていたからです。
4-5坪ほどの広さで、10-3月にはショコラのみ、4-9月にはアイスのみを販売し、2本立てではなく、完全に切り替えようと思っています。
- 平岩
- なんと!スピード感ある展開ですね。
ショコラ専門店が夏はアイスも展開するというのは、最近増えているパターンですが、完全に切り替えるパターンは珍しいですね。なるほど、より合理的かもしれません。
場所はこの近くですか?このあたりは家賃も高いのではないかという気がしますが・・。
- 遠藤
- 「パティスリー カメリア銀座」を経験したため、家賃が高いと言っても、あれを凌ぐほどではないので(笑)。

店の体制づくり
- 平岩
- 商品や店の体制づくりに関しても、より詳しくお伺いさせてください。
生菓子は、フランスのベーシックなお菓子が中心で、飾りのためのフルーツやチョコレートのパーツをのせるような品はほとんど無いですね。
- 遠藤
- フランス菓子店なので、ショートケーキやプリンといった品がありません。
デコレーションについても、素材が持っている色のみで、美味しく、綺麗に見えるようにしたいと思っています。
そして、店はスタッフ達が楽しく働いてくれるのがいいですね。
- 平岩
- お店の定休日以外に、シフト制で週休2日を確保していらっしゃるのでしょうか?
- 遠藤
- そうです。シフトを決めるのはスーシェフとマネージャーの仕事です。 それから、社労士の方にもお店を見てもらっています。
- 平岩
- 遠藤シェフは、製菓学校で教えていらしたご経験もあり、スタッフの中には、その時に教えられた元学生の方もいらっしゃるのですよね。
- 遠藤
- はい。製菓学校で教員をさせてもらったことで、人に教えるという経験をすることができてよかったです。
そして、シェフを経験してからフランスに行ったこともよかったです。


- 平岩
- フランスも、パリではなくアルザス地方にいらしたということも、様々な意味があったのではないでしょうか?
アルザスの伝統菓子であるクグロフも、スペシャリテの1つにされていますね。

- 遠藤
- フランスでは、アルザスに拠点を置きつつ、同じ「ルレ・デセール」の会員店を紹介してもらい、アルザスの「ジャック」やパリの店などでも働きました。当時、コロナ禍によって、日本人はほとんどいなかったです。
フランスの中でも、ちょっと田舎の方のパティスリーは、ヴィエノワズリー類もしっかりと作っていました。また、自分が店をやるならば、マドレーヌなどを焼きたてで販売するようなライブ感を出したいと考えて、今のスタイルがあります。
フランスでは、働く時はしっかりと集中して、休みの時はしっかり休むというように、メリハリのある働き方をしていましたね。週末は店のオーナーが声をかけてくれて、ご家族と一緒に遊びに行ったりもしました。
- 平岩
- フランスは、労働者の権利が守られることについては日本以上で、勤務時間についても、努力目標ではなく、守らない場合は雇用主に対する罰則があるのですよね。そういった背景もあり、近年は、手間ひまのかかる職人仕事の継承が難しくなってきたと言われていますが、パリではなく地方都市に行くと、まだ“古きよき時代”の雰囲気が残っていることでしょう。
- 遠藤
- 昼食は、フランスでそうだったように、賄いを出しています。仕事が一段落したらコーヒーを飲んで、前日残ったパンなどを食べながら皆と話す時間が大事だったなと思い出します。
催事が終わった後は、打ち上げとして、スタッフ達を食事に連れていったりもします。当然、費用がかかる訳ですから、それを前提として、頑張って売り上げようというモチベーションにもなります。

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2026年04月)のものです。最新の店舗情報は、別途店舗のHP等でご確認ください。
