
ヨーロッパ各国で伝えられている伝統菓子や、地域に根付いた郷土菓子に注目が集まっています。今回、ご紹介するのは、イタリア菓子、フランス菓子、ドイツ菓子の専門店。それぞれの国の文化や、お菓子について伺いました。
Litus(リートゥス)
イタリアで約7年間研鑽を積んだ塩月紗織さんが、2021年にオープンさせた「Litus(リートゥス)」。同店では、イタリアドルチェの定番のティラミスをはじめ、カンノーリやボンボローニなど、さまざまなイタリア郷土菓子を提供しています。
Litus(リートゥス)
- 住所
- 東京都中央区新富2-9-6 網代ビル1F
- 電話
- 03-6275-2797
- 営業時間
- 11:00~18:00
- 定休日
- 火曜、水曜

伝統を大切にしながら取り組む菓子づくり


東京・新富町の閑静な通りを歩いていると、突然ふっと現れる真っ白な外観。シチリア島をかたどった木の看板に誘われるようにして中に入ると、タイルの上に並ぶ美しいイタリア菓子の数々が目に飛び込みます。
たくさんのお菓子に目移りしそうになりますが、Litusを訪れたら必ず味わいたいのは、同店で1番人気というシチリア島発祥のお菓子「カンノーリ」です。カラリと揚げられた筒状の生地に、たっぷりのリコッタクリームが詰められています。
フランス菓子の場合は、油脂としてバターを生地に練り込むのが一般的ですが、Litusのカンノーリは、バターではなくラードとひまわり油を使用しています。


「昔、シチリアにはバターがなかったので、現地の郷土菓子の多くはバターの代わりにラードを使うんです。そういう伝統を大切にしたいので、ラードと、風味づけでひまわり油を混ぜ込んでいます」(塩月さん)
ラードを使うことで、食感がより軽くなるのだとか。「タルト生地なども、ラードのほうがサクサクとした食感になるので、私は好きなんです」と、塩月さんはほほえみます。

軽やかな口当たりを楽しんでもらうため、同店のカンノーリは注文が入ってからクリームを詰めています。
「カンノーリの中に詰めるクリームは、現地でも生クリームやゼラチンを混ぜたものなど、お店によってレシピは異なります。当店は、素材の味をストレートに楽しんでいただくため、リコッタチーズとお砂糖をだけでクリームをつくっています」
リコッタチーズはイタリア産のものをはじめ、国内で生産されたチーズもいろいろ試しているのだそう。
「最近では、日本でも素敵なチーズをつくられている方がたくさんいます。それぞれの風味の違いがおもしろいので、産地は固定化せずに、『今週は○○牧場』『来週は××牧場』というようにしていくのもいいのかな、と思っています」
揚げパンでも、ドーナツでもない。独特の食感のヒミツ

カンノーリのほか、イタリアでは朝食として食べられることが多い「ボンボローニ」も必食です。
「現地では、午後になってからこのお菓子を探しても、どこにも売っていないと思います。それくらい、朝食の定番なんです」
ボンボローニの特徴は、独特の食感の生地です。強力粉をベースに、練り込む水分は牛乳と卵黄のみ。水を使わず、時間をかけてじっくりこね上げることで、リッチな「もちふわ」食感を生み出しています。
「こちらも、カンノーリと同様、お客様から注文を受けてからクリームを詰めています。クリームは、お好みに応じてカスタードクリームやリコッタクリームのほか、季節に応じてチョコレートクリームなどからお選びいただけます」
現地では、カスタードクリームやリコッタクリーム以外にも、チョコレートスプレッドの「Nutella(ヌテラ)」を詰めたものが人気なんだそう。


イタリア菓子をたくさんの人に知ってほしいから

塩月さんはフレンチレストランのパティシエとして、菓子職人のキャリアをスタートさせました。4年ほど勤務した後、イタリアンレストランに転職をします。
「レストランで働きはじめたのは、たしか2000年代初期くらい。そのころの私は、イタリアのお菓子と言えば、ティラミスやアフォガードくらいしか知らなくて。今でこそ、イタリア菓子に関する書籍もたくさん出ていますが、当時はそういった情報もなかったんです」
イタリアンレストランで提供されているデザートも、大きなケーキをワゴンでテーブルに提供する「ワゴンデセール」といったスタイルが一般的でした。
「だから、本場のお菓子ってどんなものなんだろうって。一度、自分の目で見てみたいって思ったんです」
そうして渡伊を決意した塩月さん。2011年にイタリアに渡ってからは、5つ星ホテルや、ミシュランガイドで三つ星を獲得しているレストランで、菓子職人として修業を積みました。
「カンノーリの中にジェラートを詰めたものや、ピスタチオ味のティラミスなど、当時は日本では出合えないような、珍しいものがたくさんありました」
見たこともないお菓子や、フルーツのフレッシュな味わいなど、イタリアでの修業は塩月さんにたくさんの感動と知見を与えてくれました。
帰国後、しばらくしてからLitusをオープン。現在では、近隣の方はもちろん、遠方からやって来るスイーツ好きの人、日本に住むイタリア人などが足繫く通うお店に成長しています。
「伝統を大切にしながら、手を加えすぎないようするのが、私のお菓子づくりです。今後も、たくさんの人にイタリア菓子を知っていただけたらと思っています」


BURDIGALA PATISSERIE
(ブルディガラ パティスリー)
東京・広尾に本店を構える「BOULANGERIE BURDIGALA(ブーランジェリー ブルディガラ)」。10数種類の小麦粉を使い分け、自家製酵母や芳醇な発酵バターなどを使用した、本格的なパンが人気を集めています。そんなBURDIGALAが、2024年9月、パティスリー専門店をオープンしました。
BURDIGALA PATISSERIE(ブルディガラ パティスリー)
- 住所
- 東京都千代田区丸の内1-9-1 JR東日本東京駅構内B1F グランスタ東京改札内
- 電話
- 03-3211-5677
- 営業時間
- 月曜~土曜 8:00~22:00、日曜、連休の最終日 8:00~21:00
- 定休日
- なし

お菓子の人気が高まり、専門店の立ち上げを決定


BURDIGALAは現在、ブーランジェリーのほか、カフェ、フレンチレストランなど、さまざまな形態で食卓にパンを届けています。今回、パティスリーをオープンするに至った理由を、同店の事業開発本部の朝倉由起子さんに伺いました。
「実は、以前よりブーランジェリーの広尾本店で密かに人気だったのが、お菓子なんです。ブーランジェリーなので、お菓子をメインで取り扱っているわけではないのですが、焼き菓子、シュークリーム、ケーキなど、たくさんのお客様にご好評いただいていました。バースデーケーキなど、特別な日を彩るケーキをご注文くださる方も一定数いらっしゃいます」
2020年ごろから、年を追うごとにお菓子の人気がさらに加速していったのだとか。そのようなときに、東京駅構内のグランスタ東京に、パティスリー出店の話が舞い込んだと言います。


オープンを機に新たに開発した郷土菓子も
グランスタ東京にパティスリーを構えるにあたり、新たに開発したのがフランスの郷土菓子「フラン」です。
「シュークリーム以外に、当店のクレーム・パティシエール(カスタードクリーム)を存分にお楽しみいただけるお菓子をご用意したい……そんなふうに考えた結果、フランをつくることにしたんです」
同店のフランには、サブレ生地にたっぷりのクリームが流し込まれています。カスタードクリームは、パティシエが手作業で炊き、網で越して口当たりをなめらかにしています。サブレのサクサク食感を出しつつ、クリームの風味を損なわないベストなバランスを目指して、生地の厚みには細心の注意を払いました。
「生地の厚みは1.5ミリがいいのか、1.7ミリがいいのか、2.0ミリなのか……など、最後まで検証を重ねました」
なお、フランの焼き上げは、1日3回(10時・13時・17時)。その時間に訪れたら、焼きたてのフランをいただくことができます。現在はカスタードクリームのみですが、今後はキャラメル味など、季節限定のフレーバーも登場予定です。


ブーランジェリーで培ってきた「焼き」の技術をお菓子に結集

BURDIGALA PATISSERIEには、1998年の同ブランドの創業以来、愛され続ける焼き菓子も並びます。
フランス・ブルターニュ地方の伝統菓子「ガレット・ブルトンヌ」もその一つ。同店のガレット・ブルトンヌを手にとって驚くのは、その厚みです。
「外側はサクサク、中はしっとりといった食感のコントラストを出すのと、バターの香りをしっかり閉じ込めるために、当店のガレット・ブルトンヌは可能な限り厚くつくっています」
一方、厚みを出せば出すほど、焼成に時間を要するため、一度にたくさんつくることができません。
「でも、厚いほうが絶対においしい。お客様にバターの味わいを存分にお楽しみいただくために、私たちが譲れないと思っているポイントの一つです」
また、フロランタンにも代々受け継がれてきた技術が詰め込まれています。表面にキャラメリゼを施す際、「ラスク」をつくるときの技術を活用しているのだとか。
「以前より、ラスクも人気商品の一つなんです。ただ、一般的なラスクとは少し製法が違っていて。最後にバターと砂糖を混ぜたものをラスクに塗って焼き上げ、表面を飴状にしているんです。頬張ると、『ガリッ』という力強い食感をお楽しみいただけるのですが、このキャラメリゼで培ってきた技術を、フロランタンにも応用しています」


キャラメルの煮詰めも、タイミングが少しでも変わると、風味や色合いがまったく異なってしまうため、現在は専任の職人が担当しています。
人気商品のガレット・ブルトンヌやフロランタンのほか、マカダミアナッツを練り込んだココア生地のサブレなど、7種類のお菓子を詰め込んだクッキー缶には「あなたの明日が幸せでありますように」という想いを込め、幸せの象徴の青い鳥や、「感謝」という花言葉を持つミモザの花などが描かれています。
「当店のお菓子が、お客様にとっての幸せのひとときになれば、これほどうれしいことはありません」


ドイツ菓子とコーヒーの店 フウスル
東京・スカイツリーのそばにお店を構えるフウスル。同店は2020年に小さなコンテナでのお菓子販売をスタートし、人気の高まりを受け、キッチンカーでの営業に移行した後、2024年6月に実店舗をオープンさせました。店内には、ドイツで100年以上続く老舗コンディトライ(洋菓子店)で修業をした久保里菜さんがつくる、さまざまな国のお菓子が並びます。
ドイツ菓子とコーヒーの店 フウスル
- 住所
- 東京都墨⽥区押上1-12-3 1F
- 電話
- 070-9124-3201
- 営業時間
- 12:00~18:00
- 定休日
- 日曜、月曜、木曜

みんなに「フウ」してほしい


「私がドイツで感銘を受けたのが、お菓子はもちろん、『自分の時間を大切にする習慣』です。忙しい日本のみなさんにも、『ふぅ』と一息つける瞬間をお届けしたくて、当店を立ち上げました」
そう話すのは、フウスルのオーナーの久保里菜さん。修業先として、1年ほど滞在したドイツでたくさんのことを学んだと言います。
「働いていたコンディトライでは、どれだけ忙しくても残業はしませんし、そういったことを人に強要することもありません。決まった時間できちんと業務をこなし、仕事が終わったあとは、家族や大切な人と過ごす……そんな文化を、お菓子を通じて日本に広めたいと思っていて」
以前より久保さんは「少し、休憩しない?」と誘う際「ちょっと、『ふぅ』しない?」と声をかけていたそう。
「このような経験から、お店の名前を『フウスル』にしたんです」


見ているだけでワクワクする焼き菓子たち

フウスルではドイツ菓子の「マンデルブレッダー」をはじめ、少し珍しい郷土菓子も販売されています。
マンデルブレッダーは薄く焼き上げたメレンゲ生地の表面に、たっぷりのアーモンドスライスを敷き詰めています。サクサクとした食感と、アーモンドの香ばしい香りが、お客さんにも人気なのだとか。
「マンデルブレッダーは、修業先のお店のレシピを受け継ぎました。初めてドイツで食べた際『美味しい!』と感動して、自分のお店でも絶対に出したいと思っていたんです」

ドイツやオーストリアで食べられている「リンツァートルテ」をアレンジした「リンツァゲベック」も注目です。
「リンツァートルテは、スパイスを効かせた生地にラズベリーなどのジャムを塗り、上から格子状に生地を覆って焼き上げたケーキです。フウスルでは、それをフランス菓子のガレット・ブルトンヌ風にしてみました」
リンツァゲベックは、リンツァートルテ同様、生地にシナモンなどのスパイスを混ぜ込み、バターの配合を多くすることで、さっくりとした食感に仕上げました。クッキーの中には、甘酸っぱいラズベリージャムが閉じ込められています。
本場ドイツのお菓子のなかには、日本人にとってバターやクリームの量が「多すぎる」と感じてしまうものもあります。小さなクッキーにすることで、本来の味わいや風味を生かしつつ、一人でも食べやすいようになっています。
現在、3人のお子さんを育てているという久保さん。「たとえば、フウスルのお菓子を家に持ち帰ったとき、小さな子ども、おじいさん、おばあさん、みんなそれぞれのお気に入りが見つかる。そんなお菓子を目指しています」とにっこり微笑みます。
お菓子の新しい提供の形を目指して

焼き菓子のほか、タルトやキッシュ、ケーキも充実しています。そのなかでも、久保さんにとって思い入れがあるお菓子の一つが、ドイツやスイスのキャロットケーキ「リューブリトルテ」です。
「日本では、アーモンドを粉末にしたアーモンドプードルがお菓子に使われていると思います。でも、ドイツではアーモンドの代わりにヘーゼルナッツが使用されていることが多くて。しかも、修業先のコンディトライでは、ナッツを自分たちで粉末にしていました。その経験を生かし、当店のリューブリトルテは、自分たちで粉末にしたアーモンドを使っています」
すでに粉末になったものを仕入れるのではなく、店内で手間をかけることで、風味がとてもよくなるのだそう。
リューブリトルテの生地には、自家製アーモンドプードルのほか、ニンジンと、アクセントとしてシナモンとオレンジピールなどが加えられています。一般的に、キャロットケーキはずっしりとした重みを感じる食感のものが多いですが、フウスルのリューブリトルテは、やさしい口当たりです。一口頬張るだけで、アーモンドの風味が口いっぱいに香ります。


久保さんの知見やたくさんの想いが詰まったフウスル。残念なことに、実店舗は2025年1月をもって、一度クローズとのこと。
「実は今、オンラインお菓子レッスンを始めたいと思っていて。そのほかにも、キッチンカーでイベントに出店したり、一部の商品をオンライン販売したりと、いろいろ考えています」
たくさんの人に「フウスル」瞬間を届けるため、久保さんの挑戦は今後も続いていきます。


伝統を受け継ぐこと、独自の視点でアレンジを加えること……お店によって、大切にしていることはさまざまです。一方で、「お客様においしいものを食べてもらいたい」という想いが、ヒット商品をつくる原動力になることがわかりました。皆様のお店でも、参考にしてみてはいかがでしょうか。
※店舗情報及び商品価格は取材時点(2024年11月)のものです。最新の店舗情報は、別途店舗のHP等でご確認ください。