平岩理緒さんが迫るトップパティシエの仕事 平岩理緒さんが迫るトップパティシエの仕事

Vol.36マテリエル 林正明シェフ 意欲あるスタッフが集まる理由とは?
物づくりへの探究心をベースに価値ある品を提供する店に

品揃えや商品づくりへのこだわり

平岩
林シェフは、世界コンクールにも複数回出場され、最先端のスタイリッシュなお菓子を作っていらっしゃるイメージがありますが、実はクラシックなお菓子もお好きでいらっしゃいますよね。フランスの地方菓子やトラディショナルなお菓子も独学で研究されていて、ショーケース上にはクグロフやガトーナンテなどのフランスの地方菓子も焼きっぱなしで並び、オペラやクレメダンジュなど基本形が決まっているお菓子にも、「マテリエル」独自のアレンジをしていらっしゃるなと思います。
ヨーロッパの伝統的なお菓子も知ってほしい、という思いはありますね。ガレット・デ・ロワやシュトーレンも、やり続けてきたからこそ、今はだいぶ浸透してきているのではないかと思います。最近は、「ガトーナンテ」にも注目していますし、クリスマスに向けて「ベラベッカ」を小さめのサイズで出したりもします。
自分の場合、フランスで修業したという経験はありませんが、伝統的なお菓子は名前もフランス語そのままで伝えたいですし、まず、できるだけ古いルセット(レシピ)を探して作ってみます。そのままだとあまり美味しくなかったりするのですが、それを自分なりにアレンジするなどして仕上げていきます。「ベラベッカ」も、元々は洋梨のセミドライを主体に作るお菓子ですが、昨シーズンより、りんごもプラスしたものを販売しています。
平岩
「ガトーナンテ」はフランスのロワール地方・ナントの伝統菓子ですが、最近、注目されているなと私も思います。百貨店に入っているような比較的大手の菓子ブランドも看板商品として打ち出していますし、個人店でも作られるところが増えました。お酒の効いたグラスがけがいいですよね。今後、より知られていきそうです。「ベラベッカ」は、アルザス地方の伝統的なスタイルも好きですが、アレンジ版も気になります!
そういったお菓子は、日本人にとって、まだ慣れてはいないだけで、ある程度食べていくと浸透していくものだと思うんです。でも、売れるかどうかよりも大事にしていることというのはあります。
平岩
ご自身が作ってみたいと思うかどうか、でしょうか?
そうですね。自分は子供の頃から、得意科目といえば図工、という感じで、とにかく物づくりが好きでした。スタッフ達もアイディアをくれたりして、今も、常に皆で研究しているという感じです。
新商品を出す時は、もちろん僕が試作してレシピを起こすのですが、何℃でクレームフェッテを合わせたとか、糖度はどうだったとかデータも細かく記録して、出来上がったら食べてみる。2回目に作って何か変化があったら、何が原因かを分析する。焼き菓子は特に難しいです。オーブンも、天板を1枚差しするのと10枚差しするのでは、焼き加減が変わってきます。
平岩
お菓子について突き詰めて研究し、それを楽しんでいらっしゃるという感じですね。
昨今は「働き方改革」と言われ、何かと仕事の効率化が求められる時代ですが、「マテリエル」のお菓子を見ると、仕事が緻密で手間がかかっているなと感じます。そのあたりのバランスはどのように考えていらっしゃいますか?
自分は、できるだけ手仕事を入れていきたいと考えています。たとえば、効率化のためにシリコン型を使ったお菓子というのもよく見ますが、それをすると機械的になりがちな面もあると思うのです。
経営者として、皆が元気で楽しく働けていないなと感じることがあれば、週休2日以外にも臨時で休みを取るなど、調整することもあります。ですが、休暇が多くて楽でいいというのではなく、理想論かもしれませんが、仕事自体が楽しくなったらそれが一番いいと思っています。
平岩
原材料価格などの高騰も業界の大きな課題となっていますが、それについてはどのような対策をしていらっしゃいますか?
原材料費などのコストは確かに上がっていますので、それに対しては、値段を上げるしかないと考えています。見合うだけのクオリティは提供しているとも思いますし、価格を上げたことでお客様が買い控えるようになった、という印象はないんですよ。
平岩
それだけ価値を感じていただける品を提供し、売上や利益を確保できているというのは素晴らしいことですね。
最近、お客様から人気の商品や、お店で力を入れている商品というのはどういったのものですか?
「ミニャルディーズ」と「フリアンディーズ」という小さなひと口サイズの焼き菓子のアソートセットを出していて、これらはどんどん人気になっています。
1つずつ手が込んでいるため、人件費や包材費もある程度かかりますが、お菓子自体の原価率は生菓子などよりも低く抑えられています。ギフトによく利用されていて、“価値のあるもの”と見てもらっているなと感じます。
平岩
「ミニャルディーズ」の方は、オリジナリティに富んだプティ・フール5種入り、「フリアンディーズ」の方は“フランスの伝統的なおやつ”がコンセプトのプティ・フール7種8個入り。マドレーヌやヴィジタンディーヌ、パンデピスや南仏のカリソンなども入っていますね。
生菓子のプティガトーなどは、正直なところ、1個1,000円でも安いと思っているのですが、そのまま価格を上げるのが難しいところもあります。
ですが、ボンボンショコラなどは、様々なイベントが行われるようになり、かっこよくてお洒落というイメージが広まり、世の中での価値が上がってブランド化しているので、ありがたいなと思います。
うちは秋冬シーズンになると、チョコレートのプティ・フールとして、ボンボンショコラのアソートを販売し始めますが、手仕事感を表現したいと思っていて、手掛けにこだわっています。
平岩
最近、労働効率化の一環で、個人店向きの小型のエンローバーを購入するお店が増えていると思いますが、逆にエンローバーを使わずに、チョコレートフォークで手掛けされているのですか?それは手間がかかりますね!
機械で作るようになると、どうしても作業感が出てしまうと思うんです。それから、食用色素や添加物は、日本では禁止されている訳ではなくても、使わないで出来るならその方がいいなという気持ちはあります。ですから、色味や表情を出すだめにパート・ド・フリュイを使ったり、質感の表現で工夫したりしています。
平岩
わかります。林シェフは、ショコラに転写シートや色素を使われないですよね。ショコラのプティ・フールアソートは非常に美しく、この店ならではの職人の手仕事、という特別感が感じられます。
価値のある品をしっかりと見合った価格で販売することが必要という一方で、そうは言っても物価全体が上がる中、各家庭でお菓子のような嗜好品に割ける金額が削られている状況もあると思います。コストを抑え、その分値上げを避けるという工夫もされていますか?
無駄を出さない、ということは徹底するようにしていて、たとえばうちはケイク類をカットして個包装での販売もしているため、端っこが出ます。ビスキュイやジェノワーズの端、ショコラの端切れなども含めて、再生させて商品に生かすようにしていて、「ガトーノルマンド」などもその1つです。「タルト・ショコラ・プログレ」というチョコレートの生菓子は、タルト生地の中に流しているアパレイユショコラに、ガナッシュやムース・オ・ショコラなどの余りを状態と味を見ながら入れ込んで無駄なく活かしています。そのため、決まったレシピというのが無いのです。
平岩
チョコレートは特に価格が高騰していて、以前は海外産のチョコレートを使っていたところ、一部を国内産に変えるお店も増えていますね。
うちも、メインの味になる部分ではなく飾りに使うためのチョコレートは、ブランドよりも食べてみた美味しさが担保できればいいかなと、海外産から切り替えて国産のものを使い始めたりもしていますよ。国産のチョコレートも美味しくなりました。それでも、たとえばヴァローナ社の「ドゥルセ」というチョコレートなどは特徴がありますし、価格が高くても、好きで敢えて使っている海外ブランドのチョコレートもあります。
平岩
必要に応じて使い分けることが必要ですね。
発酵バターも、パウンドケーキなどに使う分には、正直なところ違いがわからないと自分は思うので、わざわざ使うことはしません。小麦粉も、こだわって使い分ける時とそうでない時があります。
平岩
詳しく伺いたいです。「マテリエル」では、小麦粉はどのように使い分けていらっしゃるのですか?
たとえば、サヴァランやフィユタージュなどの場合は小麦粉による違いが大きく出ますが、それも腕前ありきですよね。特別な材料を使うより、自分の腕を上げる方が先だと思いますが、時々、その順番を間違えてしまっている若い職人もいますね・・。
うちでは、薄力粉は「バイオレット」ですが、ケイクやサブレにはやや粗めの薄力粉、というイメージで「エクリチュール」を使っています。準強力粉の「リスドオル」も、ヴィエノワズリーなどに使います。シュトーレンには、強力粉だとちょっと硬く、薄力粉だとやわらかすぎるので、「リスドオル」を使っています。
サヴァランなんかは、グルテンでしっかりと繋がっていて、含ませたシロップが垂れないけれど、口の中ではじゅわっと出てくるというようなイメージで生地を作っています。 サブレは、アイスボックス製法とかにはせず、グルテンでしっかりと繋ぎつつ、空気を含ませてエアリーな食感にしたいので、シャブロン型に擦り込んで作ったりしています。でもパートシュクレなどは、練り直して空気を抜くといったやり方をします。
平岩
シャブロンでサブレを抜くというやり方は初めて聞きました!作りたいお菓子をイメージして、それを実現させるために、製法も試行錯誤されているのですね。 素材の使い分けももちろん大切ですが、何を使うかよりも、職人としてどう使うか、ということを大切にされているのですね。

フランス菓子の食文化に敬意を表して

平岩
今後、5年、10年先に向けて、ご自身がやりたいことや、お菓子業界全体がこうなってほしい、ということはありますか?
今はまだわからないですが、自分もこの先はまた、新たにやりたいことが出てくるのではないかとも思います。 この業界全体ということで考えると、きちんとした食文化を維持してほしいと願っています。日本人なら寿司にこだわるのと同じように、フランス菓子をやっていくならば、その文化に敬意を表すことが必要で、そこはブレてほしくないと思います。
平岩
今回、一つの区切りとしてリニューアルオープンされましたが、10年先にはまた、何か新しいことに挑戦したいという思いをお持ちになっているかもしれませんね。
いずれにしても、物づくりへの探求心こそが林シェフの原動力であり、それはずっと変わらないのでしょうね。
最初にこのインタビューのご依頼を差し上げた際、経営のためにと何か特別なことをしているといったことは全く無いけれども、それでも大丈夫ですか?と気にかけてくださいましたが、菓子職人を志す原点と生き方とを改めて考える機会をいただきました。どうもありがとうございました!

林正明シェフ プロフィール

1972年、東京都生まれ。
製菓学校卒業後、都内洋菓子店、ホテルでの修業を経て、埼玉県の「氷川会館」シェフパティシエに就任。国内の複数コンクールでの入賞を経て、2006年、アメリカで開催された世界大会「ワールド・ペストリー・チーム・チャンピオンシップ」に出場、チーム準優勝。2009年、「クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー」出場。2010年、東京都板橋区大山に「マテリエル」をオープン。2015年よりオーナーシェフに。

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2025年10月)のものです。最新の店舗情報は、別途店舗のHP等でご確認ください。